2023/12/11 16:02
イスの貴婦人、セブンチェアの流麗な曲線を再現しているリプロダクトは?
セブンチェアは、デンマークのデザイナーであるアルネ・ヤコブセンがデザインした歴史的な名作チェアです。
金属の脚の上に1枚の板で作られた座面が乗るシンプルな構造。
座面にもかざり気はありませんが、よどみなく背から腰、足と流れる美しい曲線そのものが、装飾のように美しい。木の座面なので「ちょっと堅そうだな」という印象を持ちますが、実はすわり心地も素晴らしく、オフィスチェアと遜色ないほどです。腰を柔らかく支え、まっすぐな姿勢を保つことが苦になりません。
いうなれば「イスの貴婦人」。決して華美ではありませんが、つつましい姿には、そこはかとない優美さが垣間見えます。
1955年デザインのこの作品は、ミッドセンチュリーに登場した新しい技術を使った先端の製品でした。その技術は、合板を重ね合わせて接着し、木で曲線を作るという技術です。アメリカのデザイナー、イームズ夫妻によって生み出された新しい技術で、イームズが残したプライウッドチェアなどの作品に、ヤコブセンは大いに刺激を受けたようです。
北欧の自然と共生するモダニズムデザインと、先端の技術の合作で生まれた名作中の名作といえるでしょう。その証拠に、セブンチェアはフリッツ・ハンセンの取扱商品の中で最も売れたイスとなっていて、現役で販売されているロングセラー商品でもあります。
「セブンチェア」という名前の由来には、諸説あります。
背もたれ部分が、数字の「7」を向かい合わせた形だから、とか、張り合わせている合板の数が7枚だったから、という説もあるようですが、最も確からしい説は、フリッツ・ハンセンにおけるセブンチェアの商品コードが、「Model 3107 chair」で、最後の数字の「7」が由来になったというものです。
画像引用サイト:
https://en.wikipedia.org/wiki/Model_3107_chair
ちょっと味気ない由来にも思えますが、ミッドセンチュリーの、世界が豊かになる時代の旺盛な需要応えるための「量産」への意識が色濃くうかがえます。
セブンチェアは、いまだに旺盛な需要がある名作です。フリッツ・ハンセンの正規品は10万円を超えます。名作だけあって、しっかり目の価格で販売されています。貴婦人は自分を安売りしません。なかなか決断のハードルが高い価格ですので、セブンチェアのようなイスを部屋に置きたいというときに、「リプロダクト品」は有力な選択肢です。
リプロダクト品とは、意匠権が切れたデザインを使った商品のことです。薬の世界でジェネリック薬品があるように、違法なコピー品とは違い、優れたデザインを継承した商品といえます。
リプロダクト品はたくさんあり、価格も品質も様々です。セブンチェアの場合は、6,000円~3万円台くらいまでの幅があります。安いと言っても数千円はしますし、気に入らなくても簡単に捨てられません。貴婦人の流麗さを備えたリプロダクト品は、あるのでしょうか?
セブンチェアの正規品とリプロダクト品を比べてみた
セブンチェアの正規品とリプロダクト品を実際に購入して比較をしてみました。価格による品質の違いは重要な要素なので、2つの価格帯のリプロダクト品を正規品と比べてみました。
・正規品:フリッツ・ハンセン社の正規品(ホワイト)
・リプロダクト品①:19,000円台のリプロダクト品(ナチュラル)
・リプロダクト品②:6,000円台のリプロダクト品(チェリー)
比べてみたポイントは4つです。
1. 座面部分のサイズ
2. 脚のサイズ
3. すわり心地
4. 仕上がり
1.座面の部分のサイズ
まずはセブンチェアの魅力でもある座面から背もたれにあたるサイズを比べてみました。比較したのは6つのサイズです。
=比べてみた結果=
全長(A)(B)の背もたれ中央部分は、正規品もリプロダクト品①、②いずれも大きな差はありません。一方背もたれの盛り上がり部分で測ると、正規品とリプロダクト品①では大きな違いがありませんが、リプロダクト品②は差が出ました。正規品とリプロダクト品①の背もたれの形状はシャープな印象ですが、リプロダクト品②はやや盛り上がったような印象になっています。
さらに背もたれの印象を大きく決定づけているのが、背面幅(C)です。正規品とリプロダクト品①は横に大きく広い形状ですが、リプロダクト品②は幅が抑えられており、背もたれの両端部分が丸く見え、まるでミッキーマウスの耳のような印象です。セブンチェアの流麗な形状とはかなり違うものに見えます。
くびれ部分(D)にもサイズの違いがあります。リプロダクト品②だけくびれ部分が太く、優雅な曲線というよりも寸胴のような形状です。貴婦人とはとても、、、。
座面幅(E)は、座面の最も幅広い部分のサイズです。ここは唯一サイズの差がほとんどありませんでした。
最後に、座面奥行き(F)については、微妙な差があります。
座面の先端部分から、背もたれにぶつかる長さを、座面から10cmの高さで計測しています。座面に腰の骨が当たる高さです。この距離によって、おしりが包み込まれるような感覚があるか、点で支えているような感覚になるかが変わり、座り心地に大きく影響します。
正規品が最も長く、リプロダクト品①とリプロダクト品②は奥行きが短く、実際に座ってみた時の座り心地も異なります。特にリプロダクト品②は大きな違いを感じます。腰を点で支えているような感触です。
数字には表れない横から見た形状にも感触の違いの原因が表れています。
正規品は上に行くにつれて座面の先端から遠ざかるような曲線を描いていますが、リプロダクト品は一度腰あたりで切り返しがあり、そこから座面から遠ざかっていきます。これはリプロダクト品②でより顕著です。この形状が座り心地に大きく影響していると思われます。
2.脚の部分のサイズ
座った時の安定感につながる脚の部分のサイズを比べてみました。セブンチェアは端正な姿のため、前後の脚は同じ形状のような印象を持ってしまいますが、実は前後でかなり形が違います。体重のかかり方が前後で異なりますし、おしりが深く収まる形状にするために、後ろ脚のほうが傾きは垂直に近く、短くなっています。
=比べてみた結果=
セブンチェアの前脚は、角度がついていてスラリと長い脚に見えます。
上幅(A)と下幅(B)の差が大きいほど、角度が寝ている状態を示しており、支える力は弱いですが、優雅に見えます。
AとBのサイズを比べてみると、正規品は差(B – A)が11センチ、リプロダクト品①が12.5センチ、リプロダクト品②は4センチと、リプロダクト品②だけ大きく異なっていました。前から見た印象が大きく違うのはこのためです。
同じように後ろ脚についても測ってみました。
逆に後ろ脚は、正規品が最も傾きが小さく上下の幅の差は9cm、まっすぐな脚になっています。リプロダクト品①は10cmと正規品と大差ありません。リプロダクト品②は14cmもあり、やはり差が大きいです。
実は、リプロダクト品②は前足と後ろ脚が逆ではないかと思うほど、正規品とは後ろ前で真逆の脚の形状になっているのです。
見た印象に大きく影響する脚の形ですので、正規品に近いものを選びたいところです。
サイズの比較ではありませんが、脚と座面がどのように接続されているかについても比べてみました。
セブンチェアは、4本の脚が円盤のような金属の部品に接続され、それが座面に接着されています。ネジで接続してもよさそうなものですが、セブンチェアの座面は薄い合板でできているため、ネジで支えるだけの十分な厚みがありません。そこで、接着剤だけで接続されているのです。
正規品はこの接続部分にマウントカバーが施されています。構造的には全く意味はありませんが、デザインとしてシンプルに見せたいという意図だと思われます。
リプロダクト品①には正規品と同様にマウントカバーがありますが、リプロダクト品②は接続しているネジがむき出しとなっています。普段は見えない部分だからと割り切るのかどうか、製品に対する考え方の差が表れていると言えます。
3.すわり心地
イスを選ぶ際に何よりも大事な「すわり心地」を比べてみました。セブンチェアは、一見すると木製の座面で硬そうに見えるのですが、長く座ることがそれほど苦にならないくらい、フィット感がよく、硬さを感じません。
これがリプロダクト品になると変わってしまうのかどうか、が焦点です。
=比べてみた結果=
Aの背面の湾曲は、背もたれのくぼみの奥行を示していて、体が背もたれにあたる感覚の違いを生む部分です。正規品は5.5センチに対して、リプロダクト品①4.4センチ、リプロダクト品②は3.1センチです。
正規品は背中に心地よくフィットするよう緩やかなカーブを描いており、背もたれに寄りかかると、しなりながらしっかりと支えてくれる座り心地です。リプロダクト品①は、正規品に比べると若干違うような印象はありますが、ゆったりとしたすわり心地です。
リプロダクト品②もゆったりとしたすわり心地はあるのですが、背面の幅が狭いこともあり、ちょっと身をゆだねるには心もとない座り心地がします。
Bの座面のくぼみにも若干の違いがあります。正規品3.4センチに対して、リプロダクト①は3.2センチ、リプロダクト②は2.7センチです。くぼみは座った時のお尻のフィット感につながる部分でもあり、背面の湾曲と座面のくぼみによって座り心地に差がうまれる形となりました。
Cの座面の厚みは、数字にすると大した差が出ませんでした。
座面の横で計測した厚みは、正規品が1.0cm、リプロダクト品①、②ともに1.1cmです。
しかし、パッと見の印象で正規品はシャープな印象ですが、リプロダクト品は少し厚ぼったい印象を受けます。色による印象の差もあるかもしれません。
3.仕上がり
最後に、座面と脚の質感=仕上がりを比べてみました。
座面の質感に関しては、正規品とリプロダクト品のカラーが違うこともあり、正確に比較することはできない部分もありますが、差が見られた部分です。
正規品は塗装されていることもあり、木目に継ぎ目がないような印象を受けますが、実は真ん中に継ぎ目があり、加工段階で丁寧に木目が合わせられていることがわかります。
リプロダクト品①は、木目に継ぎ目がなく、1本の木から切り出したようなきれいな模様をしています。これはプリントされた模様かもしれませんが、非常に美しく見えます。
一方、リプロダクト品②は、変なところで明らかな継ぎ目が見えます。これは非常にチープな印象を与えてしまうという気がしました。
次に、脚と座面の接続部分を見ると、正規品の座面と脚は接着剤で固定され、マウントカバーでおおわれています。リプロダクト品①にもマウントカバーがあり、取り除いてみると正規品に似せて再現しつつ、しっかりとビスで止められています。座面の厚みの違いを活かし、強度を確保しているのは良い点です。リプロダクト品②は中央1箇所でネジによって止められているのみで、ここが緩んでしまうと脚もぐらぐらになってしまう心配があります。
セブンチェアの正規品は、接着剤10年ほどで接着力が劣化して、座面と脚の部分が離れてしてしまうアクシデントが起こりやすいようです。フリッツハンセンではこの修理を行っていないようで、DIYで修理することが選択肢になります。
弊社でも修理をしたのですが、その様子をこちらからご覧いただけます。
・ブログ記事のリンク
=まとめ=
名作チェアの貴婦人である正規品に対し、リプロダクト品①はかなり形状を再現できています。目に見えない座面と脚の接合部分にも正規品の作法を取り入れていて、こだわりを感じる商品でした。むしろ正規品の弱点である強度には新しい工夫が取り入れられているところは素晴らしい点だと思いました。
一方、リプロダクト品②は座面の湾曲のカーブの背もたれ部分とくぼみの深さによる座り心地も違い、隠れた部分では正規品と程遠いものになっていて、コストダウンの努力が見られる一方、正規品との類似性が失われているように見えました。
やはり、リプロダクト品は一見同じように見えても、商品によってかなり品質が違うことを再認識した調査でした。
セブンチェアのリプロダクト品、何を選ぶべきか?
ちゃんとしたリプロダクト品は、正規品にかなり近い
セブンチェアの正規品とリプロダクト品の比較をしてみてわかったことは、19,000円台のリプロダクト品①は、正規品に極めて近いということでした。
イスの高さや座面の幅など、見た目に影響する部分はほとんど差がないレベルで再現されています。
背面の湾曲に少し差はありますがの深さや、座面にもくぼみ、シェルの厚みやなど正規品にかなり近い形で再現されています。
ベースの脚の接合部分も再現しつつ分裂しないように改良し、脚の幅までかなり高い精度で再現されていると言っていいでしょう。
一方、6,000円台のリプロダクト品②は、正規品とは程遠い形状で、座り心地にも大きな差がつきました。
体にフィットさせる湾曲を合板で作るのは難しい技術です。正規品と比べて背面の湾曲の差が1.4センチのマイナス、座面のくぼみの深さの差も0.7センチのマイナスと、大きな違いが数字に現れました。
正規品が10万円超えする価格と比べると、リプロダクト品はどちらも安価に見えますが、19,000円台と6,000円台では明確に品質の差が出たということになります。リプロダクト品は、安ければ良いというわけではなく、リプロダクト品の中にもさまざまな規格が存在します。価格帯だけで安いものを選択すると、正規品とは程遠いものを購入してしまうわけです。
リプロダクト品でも素敵な貴婦人だった
19,000円台のリプロダクト品は、正規品に近い再現性があると書きましたが、違う部分もあります。正規品と同じように作るとコストがかかりすぎ、リプロダクト品としての存在意義がなくなってしまうため、本質的でない部分でコストダウンをした結果だと思われます。
僅かな差ながら違っていたのは、次の点です。
1. 背面の湾曲
正規品の1枚の合板からデザインと座り心地を加味した設計の素晴らしさに圧巻してしまいますが、正規品に近いリプロダクト品はお薦めできる商品です。
一方、6,000円台のリプロダクト品は残念ながら正規品とは程遠く、購入をお薦めできる商品ではありませんでした。
◆お薦めのリプロダクトチェアはこちら