2023/12/04 14:45
かたい素材をしなやかに曲げる。素材に魔法をかけたイームズ
イスの座面には、人間の体重を支える固さと、長時間座っても痛くならない、人間の体に沿ったしなやかな形状が求められます。
職人が手作りで作るならば技術を駆使して作ることになりますが、量産を前提とするミッドセンチュリーのデザインでは、シンプルな加工で実現することが求められます。
イームズが目を付けたのは成型合板でした。
実は成型合板は、戦争で開発された技術です。第二次世界大戦中に骨折した兵士の添木として使われました。
薄い木の板を接着剤で貼りあわせて、型に入れて成型するこの技術を、イームズはイスの座面に用いたのです。
こうしてつくられたのがプライウッド・チェアです。固い素材でありながら、人間の体をやさしく受け止める形状をしており、イスのモダンデザインのお手本ともいうべき作品です。
出所:Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_and_Ray_Eames
実は日本にもこの成型合板を使った有名イスがあります。天童木工と呼ばれる山形県天童市にある家具メーカーです。日本でいち早く成型合板を使った家具作りをはじめ、柳宗理のデザインによる、バタフライスツールという、世界的にも評価の高いイスを作ったことで知られています。
日本の伝統工芸品が、イームズの新しい技術にに由来していたという、意外な事実です。
曲げなくても曲面が作れる、新しい素材FRP(ガラス繊維強化プラスチック)
イームズの素材の探求は、成型合板にとどまりませんでした。
イームズの代表作であるシェルチェアに使われている素材は、FRP(Fiber Glass Reinforced Plastics:ガラス繊維強化プラスチック)と呼ばれるプラスチック素材です。
当時のプラスチックは、自由な形状に成型できる一方、強度という意味では、弾性率が低い(=形が変わるとポキっと割れてしまう)ため、力を支える素材としては不向きでした。
これに弾性率が高い(=変形に強い)ガラス繊維を混ぜることで、自由な成型ができ、金属よりも強度に優れる素材として使えることが発見されました。
はじめて使われたのはやはり第二次世界大戦です。航空機のガソリンタンクに使う素材として開発され、様々な軍用品に使われました。現在でもボートの船体やバスタブなどに使われています。軽くて自由に形を作ることができ、なおかつ強い素材として、幅広く使われています。
この素材をイスに使ったのがイームズです。
FRP製イームズチェア
出所:Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_and_Ray_Eames
当時どのようにFRPをイスに使っていたのか、貴重な映像が残されています。
綿のような形をしたガラス繊維に、ペンキのようなプラスチック素材を流し込んで型にはめる様子がわかります。この工程なら、熟練の職人でなくとも出来そうですよね。大量生産に非常に向いた技術だったのです。
非常に優れたFRPですが、実はある欠点が発覚します。環境負荷が高いことです。
FRPを捨てる場合、プラスチックとガラス繊維の分離が難しいため、リサイクルすることが困難です。したがって廃棄するしかないのですが、焼却しようとすると有害な物質が出るため、製品のまま捨てざるを得ず、ゴミがどんどん増えていってしまうのです。
しかし、2014年には環境面の問題を解決した新しいFRPが開発され、イームズチェアのラインナップにはFRPの製品が残っています。
ポリプロピレン
FRPの後継素材となったのが、PPP(ポリプロピレン)です。
加工がしやすく、強度が高いため、あらゆる日用品に使われるプラスチックの素材です。
また、発色がいいという特徴もあり、イームズチェアのようにカラフルなバリエーションを持つ製品にピッタリです。
そして、生産からリサイクル・廃棄までみたときに環境にかかる負荷が少ないという特徴もあります。
PPP製のイームズチェアは、FRP製の代替製品ではありません。FRP製は表面にツヤがあるのに対して、PPP製はざらざらとした質感です。まったく違う製品として作られたと考えたほうがいいでしょう。FRPの懐かしい質感が欲しいという人にとって、FRP素材のイームズチェアは、選択肢が限られてしまっています。正規品の新品を購入しようとすると、色は限定され、黒1色のみだそうです。
PPP製のイームズチェアは、マットな質感で、見た目にも軽く、インテリアになじむアイテムとして重宝します。より現代にフィットしたイスとして、PPP製のイームズチェアが生まれたということがいえます。
イームズチェアは、美しい外見ばかりに目をうばわれがちですが、実は中身(素材)もスゴイのです。
ポリプロピレン製イームズチェア
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